%T 21号竪穴埋土 礫集中とオホーツク土器 %C 1951 %C webコンテンツ番号: 119 %C webコンテンツカテゴリ: 6 %C 画像の解説: 21号竪穴の埋土中、表土下15cmの深さの第一層で検出された礫の集中と、それに伴うとみられるオホーツク土器である。No.120に同じ層で検出されたとみられる別の礫集中が記録されているが、両者の前後関係等は不明である。土器は『下巻』別篇p.67 Fig.4-1〜4のいずれかに該当するとみられる。 %C 紙焼き記載の注記: 8 21号出土 オホーツク式土器 モヨロ %C アルバム通し番号: 159 %C 箱番号: 7-4 %C D番号: D-116 %T 21号竪穴埋土 礫集中とオホーツク土器検出状況 %C 1951 %C webコンテンツ番号: 120 %C webコンテンツカテゴリ: 6 %C 画像の解説: 21号竪穴の埋土中、表土下15cmの深さの第一層で検出された礫の集中と、それに伴うとみられるオホーツク土器である。No.119に同じ層で記録されたとみられる別の礫集中が撮影されているが、両者の前後関係等は不明である。土器は『下巻』別篇p.67 Fig.4-2及び4に該当するとみられる。 %C 紙焼き記載の注記: 7.21号竪穴出土 オホーツク式土器並に石組み %C アルバム通し番号: 198 %C 箱番号: 5-15 %C D番号: D-141 %T 21号竪穴 土器出土状況 %C 1951 %C webコンテンツ番号: 121 %C webコンテンツカテゴリ: 6 %C 画像の解説: 注記では、21号竪穴の壁際から出土した土器を撮影したものとされる。写真右側の、壁沿いに位置する土器は後北C2・D式とみられるが、『下巻』には該当する土器は掲載されていない。 %C 紙焼き記載の注記: 9 21号出土土器 壁の部分 モヨロ %C アルバム通し番号: 162 %C 箱番号: 7-7 %C D番号: D-118 %T 21号竪穴 北壁 土器出土状況 %C 1951 %C webコンテンツ番号: 122 %C webコンテンツカテゴリ: 6 %C 画像の解説: 注記では、21号竪穴の北壁付近で出土した土器を撮影したものとされる。土器は『下巻』別篇p.67 Fig.4-5に該当するもので、竪穴内の第二層から出土した宇津内Ⅱa式である。 %C 紙焼き記載の注記: 21号出土 北壁出土 %C アルバム通し番号: 126 %C 箱番号: 10-9 %C D番号: D-113 %T 21号竪穴 砥石出土状況 %C 1951 %C webコンテンツ番号: 123 %C webコンテンツカテゴリ: 6 %C 画像の解説: 21号竪穴の第三層の住居跡の壁面付近から出土した砥石。『下巻』別篇p.68 Fig.6に該当する。『下巻』PL.74-1に別の構図の写真が掲載されている。 %C アルバム通し番号: 187 %C 箱番号: 5-4 %C D番号: D-134 %T 24号竪穴 発掘前全景 %C 1951 %C webコンテンツ番号: 124 %C webコンテンツカテゴリ: 6 %C 画像の解説: 24号竪穴の窪みの様子。 %C 報告書等の図版番号: 『下巻』PL.73-1 %C アルバム通し番号: 185 %C 箱番号: 5-2 %C D番号: D-132 %T 18号竪穴の窪み? 19号竪穴? 発掘前全景 %C 1951 %C webコンテンツ番号: 111 %C webコンテンツカテゴリ: 6 %C 画像の解説: 注記では18号竪穴・19号竪穴の全景とされる。写真左側の、ポールが立てられている窪みが18号竪穴で、その右隣の、スコップが立てられている窪みが第三次調査の対象となった19号竪穴と考えられるが、確定はできない。19号竪穴の調査直前に撮影されたものであろうか。 %C 紙焼き記載の注記: 18, 19, 号 竪穴全景 %C アルバム通し番号: 194 %C 箱番号: 5-11 %C D番号: D-139 %T 21号竪穴? 発掘前全景 %C 1951 %C webコンテンツ番号: 112 %C webコンテンツカテゴリ: 6 %C 画像の解説: 第三次発掘の対象となった竪穴の窪みを撮影したものとみられる。24号竪穴の写真(No.124)と対比すると、その写真で24号竪穴の奥に位置している窪みが、この竪穴に相当するとみられる。そうであるならば、この竪穴は21号竪穴の可能性が高い。 %C アルバム通し番号: 122 %C 箱番号: 10-5 %C D番号: D-109 %T 19号竪穴? 火山灰面 %C 1951 %C webコンテンツ番号: 113 %C webコンテンツカテゴリ: 6 %C 画像の解説: 注記では19号竪穴の火山灰面とされる。しかし、『下巻』別篇p.66によれば、19号竪穴では窪みを覆うような火山灰層は認められなかったとされており、注記の記載には疑問が残る。 %C 紙焼き記載の注記: 19号 火山灰面 モヨロ %C アルバム通し番号: 123 %C 箱番号: 10-6 %C D番号: D-110 %T 19号竪穴 炉址 %C 1951 %C webコンテンツ番号: 114 %C webコンテンツカテゴリ: 6 %C 画像の解説: 北方向から撮影。 %C アルバム通し番号: 125 %C 箱番号: 10-8 %C D番号: D-112 %T 19号竪穴 炉址及び土器出土状況 %C 1951 %C webコンテンツ番号: 115 %C webコンテンツカテゴリ: 6 %C 画像の解説: 東方向から撮影。 %C 紙焼き記載の注記: 19号竪穴 炉と縄文土器 モヨロ %C アルバム通し番号: 124 %C 箱番号: 10-7 %C D番号: D-111 %T 19号竪穴 炉址及び土器出土状況 %C 1951 %C webコンテンツ番号: 116 %C webコンテンツカテゴリ: 6 %C 画像の解説: 北方向から撮影。 %C 紙焼き記載の注記: 十九号竪穴 炉址と土器 モヨロ %C アルバム通し番号: 188 %C 箱番号: 5-5 %C D番号: D-135 %T オホーツク墓 (番号不明その1) %C 1947 %C webコンテンツ番号: 103 %C webコンテンツカテゴリ: 5 %C 画像の解説: 昭和22年または23年発掘のオホーツク墓とみられるが、人骨番号は不明。人骨の遺存状態の良さから判断すると、12号(老年男性)の可能性が考えられる。 %C アルバム通し番号: 59 %C 箱番号: 16-5 %C D番号: D-78 %T オホーツク墓 (番号不明その1) %C 1947 %C webコンテンツ番号: 104 %C webコンテンツカテゴリ: 5 %C 画像の解説: No.103の別の構図。昭和22年または23年発掘のオホーツク墓とみられるが、人骨番号は不明。人骨の遺存状態の良さから判断すると、12号(老年男性)の可能性が考えられる。 %C アルバム通し番号: 60 %C 箱番号: 16-6 %C D番号: D-79 %T オホーツク墓 (番号不明その2) %C 1947 %C webコンテンツ番号: 105 %C webコンテンツカテゴリ: 5 %C 画像の解説: 昭和22年または23年発掘のオホーツク墓とみられるが、人骨番号は不明。写真から判断すると木槨を有しているとみられるが、その点からすると17号・18号・23号・27号のいずれかである可能性が考えられる。 %C アルバム通し番号: 97 %C 箱番号: 14-8 %C D番号: D-96 %T オホーツク墓 (番号不明その3) %C 1947 %C webコンテンツ番号: 106 %C webコンテンツカテゴリ: 5 %C 画像の解説: 昭和22年または23年発掘のオホーツク墓とみられるが、人骨番号は不明。貝層中または貝層の下縁につくられた、被甕なしの墓で、発掘区の壁際に位置するように見えるが、該当する墓がない。発掘区の壁際にあるように見える点からすると、貝塚トレンチC区域の24号墓・25号墓・26号墓・27号墓のいずれかに該当する可能性がある。 %C アルバム通し番号: 99 %C 箱番号: 14-10 %C D番号: D-98 %T オホーツク墓 (番号不明その4) %C 1947 %C webコンテンツ番号: 107 %C webコンテンツカテゴリ: 5 %C 画像の解説: 昭和22年または23年発掘のオホーツク墓とみられるが、人骨番号は不明。遺体は小児とみられ、被甕。被甕土器は、口縁部は無文で肥厚帯なし、肩部に貼付文を有しており、熊木編年(2018)では沈線文期後半に相当する。『下巻』別篇p.54第1表において、貼付文の副葬土器を伴う墓には該当する例がない。その点からすると、この第1表に掲載されていない28号もしくは29号に該当する可能性がある。 %C 報告書等の図版番号: 『北辺の海の民』図26 %C アルバム通し番号: 54 %C 箱番号: 16-2 %C D番号: D-75 %T アイヌ墓 (米村喜男衛による発掘) %C 1948 %C webコンテンツ番号: 108 %C webコンテンツカテゴリ: 5 %C 画像の解説: 昭和23年11月に米村喜男衛らの「第十五発掘」によって調査されたアイヌ墓。貝塚トレンチと7号竪穴の間にある道路の表土下5cmで出土したとされる。東頭位の伸展葬で、鉄鍋、小刀、鎌、ガラス玉、透かし彫りのある青銅製円板、寛永通宝などが副葬されていた。調査の詳細は『モヨロ貝塚資料集』pp.24-25を参照。 %C 報告書等の図版番号: 『モヨロ貝塚資料集』図版八-3 %C アルバム通し番号: 89 %C D番号: D-30 %T 15号竪穴の窪み? %C 1951 %C webコンテンツ番号: 109 %C webコンテンツカテゴリ: 6 %C 画像の解説: 15号竪穴の全景とされる。15号竪穴は第三次発掘の対象にはなっておらず、未調査のはずであるが、写真では窪みの中の表土が削られているようにも見える。この点において、この写真を15号竪穴とするのは多少の疑問が残る。 %C 紙焼き記載の注記: 15号竪穴全景 %C アルバム通し番号: 121 %C 箱番号: 10-4 %C D番号: D-108 %T 17号竪穴? 発掘前全景 %C 1951 %C webコンテンツ番号: 110 %C webコンテンツカテゴリ: 6 %C 画像の解説: 竪穴の窪みを撮影したもので、窪みとその周囲の表土が剥がされている点からすると、第三次発掘の対象となった竪穴とみられる。19号?(No.111)・21号?(No.112)・24号(No.124)の写真は存在しており、それらとは異なっているので、この竪穴は17号竪穴である可能性が考えられる。 %C アルバム通し番号: 120 %C 箱番号: 10-3 %C D番号: D-107