%T Neues Historienbuch / by Johannes Scherr. %C 請求記号:鴎G600:1 %C 注記:書入頁の一部(文字書入の一部) %C ヨハネス・シェル『新しい歴史』。 シェルは19世紀ドイツの作家。文学史、西洋史、ドイツ史の本を数多く著した。本書は「デカブリストの乱」「王と僧侶」「傭兵」などのトピック別に書かれた西洋史の歴史書。本全体にわたって鴎外のペン書きの書入れが認められ、鴎外の西洋史全般への関心を伺わせる。また、冒頭に中心人物や年代をメモするなど、鴎外の歴史書の読み方も興味深い。(河) %T 風来六々部集(フウライ ロクロクブシュウ) / 風来山人著. %C 請求記号:鴎E24:1734 %C 注記:書入頁 %C 明治10年代は、戯作の覆刻出版が流行した時代であり、曲亭馬琴の壮大な長篇小説とともに、十返舎一九・式亭三馬の滑稽文学も、繰り返し出版された。本書は、後者(滑稽の戯作)の源流と理解され、諷刺と滑稽、批評性を格別に愛された、平賀源内の文集である。巻末の書入れ「癸未七月」から、鴎外が明治15年(1882)夏に本書を読んだことがわかる。書入れは前半に集中しており、朱点と「可歎」「不磨之言」といった称讃の言葉が記されている。また、巻末には源内の略伝、著書などが、山崎美成『名家略伝』に拠りつつ記されている。 鴎外は『青年』第十章で、本書中「飛んだ噂の評」(後編5ウ)を引用しているが、引用には若干の改変がある。(多) %C 関連作品: 『青年』(全集6巻) %C 参考文献: 前田愛『近代読者の成立』有精堂,1973年 %T 四大竒書第一種 60巻120回坿讀法(シダイ キショ ダイイッシュ) / [(明)羅本撰] ; (清)毛宗崗評. %C 請求記号:鴎E46:156 %C 注記:書入頁 %C 清代に刊行された、毛宗崗《もうそうこう》本の『三国志演義』である。全篇にわたり、きわめて多数の批点や訓点が施されているが、それらは画像化の対象から省いた。また、今回画像化した書入れも、すべてを鴎外の筆と断ずるのは難しい。しかし、たとえば自分が殺した于吉《うきつ》の幻影を見た孫策《そんさく》を「精神病」とし、現在なおその治療法が確立していないことを歎いた箇所(巻十五,2オ)や欧文の混在(同,7ウ)、また随所に見られる読後感(巻三十,23ウや巻三十六,20オ以降の長文の書入れほか)など、明らかに鴎外の筆跡による興味深い書入れも多数存在する。それらの内容から見て、比較的若年時のものであろう。なお、落丁となっている巻二十の第1丁を、鴎外が自筆で補っているが、これは鴎外文庫蔵のほかの本でもしばしば見られることである。(出) %T 釋小記續(シャク ショウキ ゾク) . [写本] %C 請求記号:鴎C40:1112 %C 注記:全頁 %C 題箋は「釈小記続」となっており、仏教各宗の法統や人名などを抄録した『釈小記』が同じく鴎外自筆の読書ノートとして存在するが、それと性格を同じくするものと思われる。明治大正の仏教史学者村上専精の『日本仏教史綱』(金港堂,明治31-32年刊)から法相、華厳、三論、密教各宗、浄土宗など各宗派の法統図を抄録、構成している。鴎外の晩年に散見される山加製原稿用紙に書かれており、大正5年頃の作成と考えられる。(神) %T 白虎通徳論 4巻(ビャッコツウ トクロン) / (漢)班固纂集 ; (明)郎壁金訂定 ; (日本)鵜信之訓點. %C 請求記号:鴎B60:1128 %C 注記:本文全頁 %C 著者の班固は『漢書』の編者。本書は、漢代に儒教を国教とする際、五経の本文の文字及び意味に関して諸儒により交された講論をまとめたもの。 鴎外は、全篇にわたり、朱筆で詳細に校訂を施しているが、これは書込み中に「荘本」とあることから、荘述租《そうじゅつそ》撰『白虎通義攷』を参照したと推測される。なお鴎外文庫には、荘述租撰『白虎通義攷』の刊本(鴎B60:1134)並びにその抄写本(鴎B60:1139)が所蔵されている。(渋) %C 参考文献: 『和刻本漢籍随筆集』第10集,汲古書院,1974年 %T 松崎謙堂由緒書(マツザキ コウドウ ユイショガキ) / [横田常陸誌]. [写本] %C 請求記号:鴎H20:3975 %C 注記:全頁 %C 掛川中学教諭の野崎安太郎が、『日本書画人名辞書』続編附巻『名家書画談』から抄出した松崎慊堂の伝。末尾には鴎外の識語があり、「大正八年三月三日」の日付から晩年の史伝作品に用いた資料と推定できる。野崎安太郎は同校の国語・漢文科を担当し、大正7年(1918)11月20日には「松崎慊堂の事跡について」の題で談話を行っている。野崎が『静岡県立掛川中学校友会誌』大正8年(1919)1月号に載せた「掛川教授松崎慊堂翁」は同年2月に鴎外に贈られ、当該部分を切抜いて製本したものが鴎外文庫に残っている(鴎H20:699)。(多) %C 参考文献: 丹藤寿恵子「森鴎外博士と松崎慊堂」(『森鴎外記念館通信』65号,1984年1月) %C 参考文献: 『掛中掛西高百年史』掛川西高百周年記念事業実行委員会,2000年 %C 参考文献: 「掛川教授松崎慊堂翁」(『静岡県立掛川中学校友会誌』20号,1919年1月) %T Heinrich Heine's Werke / illustriert von Wiener Künstlern ; herausgegeben von Heinr. Laube. %C 請求記号:鴎A100:1653 %C 注記:書入頁 %C ハインリヒ・ラウベ編『ハイネ全集』全6巻。鴎外は明治19年(1886)のミュンヘン滞在中にこの本を読み始め、ベルリン滞在期を中心とするドイツ留学時代に読み続けたとされる。6巻を通じて膨大な傍線と主に漢文による傍注が施されており、熟読の跡がうかがえる。鴎外はハイネを詩人としてより評論家、社会批評家として評価しており、政治論、社会批評、文学史などへの書入れが特に多い。書入れからは、鴎外の立憲政治への理解、社会問題、特に共産主義への関心がうかがわれ、またこの全集からドイツ古典主義やロマン主義文学についての知識を得たことなどがわかる。(神) %C 参考文献: 伊東勉「森鴎外のハイネ傍註」(『文学』40巻11号,1972年11月) %T 槐西雜志 4巻(カイセイ ザッシ) / (清)觀弈道人筆記. %C 請求記号:鴎E40:22 %C 注記:全頁(ほぼ全頁に書入有) %C 中国清代の文人紀昀の手になる短編小説集。多数の怪談や奇異譚などを収める。書入れの内容などから、留学以前、すなわち、23歳頃までの書入れと推定されている。 本書の書入れについては青年鴎外の読書の様相を知るよい手がかりとして、つとに前田愛によって詳しい紹介がなされている。書入れの特徴の一つとして、前田は性に関する記述が多いことを挙げている。「与豕狎(外情)Sodomie」(巻二)、「所謂交接不能Impotenz」(同)などの注記がそれに当たる。また、医学徒らしい冷静で科学的な批評が多いことも指摘している。 書入れ全体を閲した場合、「請君入甕 ひとを咀はゝ穴二つ」(巻三)などの語注や字注の類が随所に見られる。このほか、「馬琴妙椿尼幻術基乎此」(巻二)といった馬琴読本との内容比較についての記述も確認できる。(合) %C 参考文献: 坂本秀次「鴎外文庫目録抄(第十九回)」(『鴎外』44号,1989年1月) %C 参考文献: 前田愛「鴎外の中国小説趣味」(『言語と文芸』38号,1965年1月) %T System der Ethik : mit einem Umriß der Staats- und Gesellschaftslehre / von Friedrich Paulsen. %C 請求記号:鴎B700:95 %C 注記:書入頁 %C フリードリヒ・パウルゼン『倫理学体系』。 パウルゼンはベルリン大学の哲学教授。出版年が1889年となっており、鴎外が帰国後に購入したものと考えられる。鴎外は小倉時代に本書の一部を「フリイドリヒ・パウルゼン氏倫理説の梗概」として抄訳している。 書入れは一部の章に集中しているが、特に、J・S・ミル、カント、ショーペンハウアーの道徳哲学に触れた第1部第6章「キリスト教倫理と近代倫理」には熟読の跡がみられる。小堀桂一郎は、鴎外が「フリイドリヒ・パウルゼン氏倫理説の梗概」においてニーチェの「君主の道徳と奴隷の道徳」論を原典以上に強調していることを指摘し、小倉時代の鴎外がニーチェに強い関心を持っていた証拠としている。またデュレルの絵画に言及した箇所に「外山思想画」という書入れがあり、外山正一との論争との関連も考えられる。(河) %C 関連作品: 「フリイドリヒ・パウルゼン氏倫理説の梗概」(全集25巻) %C 参考文献: 小堀桂一郎『森鴎外−文業解題』翻訳編,岩波書店,1982年 %T 資治通鑑(シジ ツガン) / (宋)司馬光奉勅編集 ; (明)胡三省音註. %C 請求記号:鴎G30:326 %C 注記:書入頁の一部(文字書入のみ) %C 『資治通鑑』は、北宋の歴史家・司馬光が編纂した歴史書。 本書には、墨筆と朱筆、二種類の書入れがある。墨筆はドイツ語書入れを含み、事件への感想を述べているのに対し、朱筆の書入れは人名や出来事が多く、小見出しに近い性質を持つ。 鴎外若年の近世後期から明治初期にかけて、本書は漢籍を学ぶ人の基本文献であった。鴎外の、本書に対する二様の態度が窺えて興味深い資料である。(多) %T 北條悔堂傳資料(ホウジョウ カイドウ デン シリョウ) . [写本] %C 請求記号:鴎H20:458 %C 注記:全頁 %C 『北条霞亭』の資料。北条霞亭の養嗣子である悔堂の撰した由緒書、書状等の写し、「悔堂記」、「小芙容記」、「芙容石記」および悔堂宛書状の写しなどである。筆写者は不明である。(出) %C 関連作品: 『北条霞亭』(全集18巻) %T 石點頭 14巻(セキテントウ) / (明)天然癡叟著 ; (明)墨憨主人評. %C 請求記号:鴎E46:149 %C 注記:書入頁の一部(文字書入のみ) %C 『石点頭』は明代の擬話本小説集。全14巻で、独立した短編14編を収める。別名「醒世第二奇書」。本蔵書は金閭葉敬池梓とあり、天然痴叟著、墨憨主人評、龍子猶の序。「墨憨主人」と「龍子猶」は馮夢龍のことであるが、「天然痴叟」については不明。中に同性愛を扱った話が含まれるため中国では清代に「禁書」とされた。日本には近世後期に舶来されており、これを翻訳・翻案した作品も書かれている。 鴎外が青年期に愛読したらしい『情史類略』(鴎E46:148)の巻三の書入れに「石点頭亦載此事大同小異」といった言及が見られることから、本書もドイツ留学以前に繙読された可能性が高い。全体にわたり朱もしくは墨で句読、傍線・注記が施されており、全巻ではないものの精読されたと見られる。また数箇所、欠丁部分を自筆で補っている。(梅) %C 参考文献: 前田愛「鴎外の中国小説趣味」(『言語と文芸』38号,1965年1月) %C 参考文献: 中村幸彦「白菊奇談と石点頭」(『語文研究』23号,1967年2月) %T Geschichte der Philosophie im Umriß : ein Leitfaden zur Übersicht / von Albert Schwegler. %C 請求記号:鴎A100:1073 %C 注記:書入頁 %C 現在流通している邦訳にない、ショーペンハウエル(A.Schopenhauer)とハルトマン(E.Hartman)についての2章が、1887年の改訂によって加えられた本。鴎外の書き込みは1887年のドイツ留学中(黒インク)と帰国後(朱筆)とに時期がわかれ、新プラトン学派などの章における朱筆の日本語書き込みには没理想論争の中で逍遥を「Idealist」と捉えた見方が表れている。 対して留学中の書き込みは全てドイツ語か漢文であり、その夥しい量とともに西洋認識論に寄せられた関心の質がうかがえる。同時に「荘云」として荘子の言を引いたものや、神的なものと人間的なものの合一という観点に対して「所謂覚是也」といった註がある事も興味ぶかい。鴎外の認識論は漢文で著された仏教哲理のそれに親しいものがあり、その意味で本書の書き込みは今回同時に画像化される『唯識抄』『華厳五教章』などへの書き込みと対比されつつ読まれる必要があるだろう。(多) %C 翻刻: ヨーゼフ・フュルンケース・和泉雅人・村松真理・松村友視「シュヴェーグラー『西洋哲学史』への森鴎外自筆書き込み−翻刻および翻訳−」(『芸文研究』86号,2004年6月) %T Das verlorene Paradies : ein Gedicht in zwölf Gesängen / von John Milton ; Deutsch von Adolf Böttger. %C 請求記号:鴎E200:2866 %C 注記:書入頁 %C ジョン・ミルトン『失楽園』。鴎外はドイツ留学中にドイツ文学だけでなくヨーロッパ文学のドイツ語訳作品を多読したが、その多くがレクラム百科文庫 “Universal-Bibliothek” シリーズのものであった。鴎外文庫には、留学中に購入したもの、帰国後に取り寄せたものを含めこのシリーズの書籍が100点以上所蔵されているが、その中にはアリストテレス、プルタルコスなどの古典、ツルゲーネフやディケンズなどの19世紀小説、デカルトやトマス・モアの哲学書が含まれており、鴎外がこれらの書籍を収集して世界文学や古典を意識的に幅広く読んでいたことが分かる。本書には「光」「天神偏観」(第3歌)、「天兵与魔軍戦」(第6歌)など、場面のまとめやあらすじとみられる書入れがある。(河) %T 沖虚至徳眞經 8巻(チュウキョ シトク シンキョウ) / (晋)張湛註 ; (唐)殷敬順釋文. %C 請求記号:鴎B60:1052 %C 注記:書入頁の一部(欧文書入のみ) %C 本書は『列子』とも呼ばれる。中国古代の思想家列子が著したとされ、道家の代表的な著作として知られている。「Genusstheorie!」(=享楽主義、巻七)などといったドイツ語の語彙が記されており、中国の古典を、西洋の概念などによって整理しながら読んでいたことが分かる。(合) %T Poetik : die Dichtkunst und ihre Technik, vom Standpunkte der Neuzeit / Rudolf von Gottschall. %C 請求記号:鴎A100:1667 %C 注記:書入頁 %C ルドルフ・フォン・ゴットシャル『詩学』。 ゴットシャルはドイツの作家・劇作家。戯曲・小説・詩などの創作に加え、文芸批評など幅広い分野で多くの著作を残した。鴎外がゴットシャルを精読していたのはミュンヘン時代からベルリン時代にかけてと推定されている。 本書の正式な書名は『詩学~近代的視点から見た文芸とその技法~』(Poetik : die Dichtkunst und ihre Technik vom Standpunkt der Neuzeit)。「詩学」の理論書であり、その内容は文芸の原理的な考察、修辞学、ジャンル論(文芸を「抒情詩」、「叙事詩」(散文文芸を含む)、「演劇」に分類)に及ぶ。鴎外帰国後の初期文芸評論「現代諸家の小説論を読む」「明治二十二年批評家の詩眼」における小説の分類や、「『文学ト自然』ヲ読ム」における立論の依拠文献であり、鴎外の当時の小説観に大きな影響を及ぼした書物だといえる。また、修辞学の箇所では暗喩の実例として「花之白雪」「国家之柱石」と日本語の例を挙げたり、文芸の種類に下線を引いたりと、本書を教科書のようにして使った様子が浮かび上がる。 鴎外が帰国後も本書を参照していたことは書入れからも窺われる。坪内逍遥の『小説神髄』に触発されて著した「現代諸家の小説論を読む」で、鴎外は「春の屋の云く。小説の主脳は人情なり。世態風俗これに次ぐと。ゴツトシヤルの云く。小説の境地は即ち是人生の境地なりと。」と書いている。小堀桂一郎は、これは上巻第2篇第1章『詩における物質世界』(Die poetische Stoffwelt)における “Der Mittelpunkt der Poesie ist der Mensch.”という部分を指したものと推定している。上巻第2篇第3章「理想主義とリアリズム」(Idealismus und Realismus)という章の欄外にある「坪内人間派、小天地主義」という鉛筆のメモを含め、本書の書入れと『小説神髄』のそれには呼応する部分が多い。(河) %C 関連作品: 「『文学ト自然』ヲ読ム」(全集38巻) %C 関連作品: 「現代諸家の小説論を読む」(→「今の諸家の小説論を読みて」全集22巻) %C 関連作品: 「明治二十二年批評家の詩眼」(→「今の批評家の詩眼」全集22巻) %C 参考文献: 神田孝夫「鴎外初期の文芸評論」(『比較文学研究』4巻1・2号,1957年6月) %C 参考文献: 小堀桂一郎『若き日の森鴎外』東京大学出版会,1969年 %C 参考文献: 武田勝彦「R・ゴットシャルの経歴と作品」(『鴎外』53号,1993年7月) %T 大塩平八郎(オオシオ ヘイハチロウ) . [写本] %C 請求記号:鴎G27:184 %C 注記:全頁 %C 鴎外自筆の題簽には「大塩平八郎事件」とある。2丁表には「武蔵国岩槻領岡泉村/組頭 丈輔事/宇三郎/執筆/大塩平八郎ヲ森先生ニ謹呈ス/孫/渋谷塊一」とあり、鴎外の筆で「(南埼玉郡日勝村岡泉也)」と注記がある。『大塩平八郎』執筆の際に参考とされた資料と考えられる。(出) %C 関連作品: 『大塩平八郎』(全集15巻) http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/card2298.html %T Wissenschaftliche vorträge : gehalten zu München im Winter 1858 / von Th. Bischoff ... [et al.]. %C 請求記号:鴎T000:19 %C 注記:書入頁 %C ビスホフ他著『学術講演集』。1858年冬にミュンヘンで開催の講演集という副題が付いている。 文学・歴史・法学など様々なジャンルの講演集。ボーデンシュテット「シェイクスピアの先駆者としてのマーロウとグリーン」、ビスホフ「人間と動物の違いについて」、ウィンドシャイト「ドイツにおけるローマ法」などの論文に詳細な下線、書入れがあり、留学時代の鴎外の幅広い分野への関心を示している。なお、本書はH・ヴェーバー『五つの科学講演集』という別の自然科学の講演集と併せて自家製本されている。(河) %T 名數畫譜人名録(メイスウ ガフ ジンメイロク) . [写本] %C 請求記号:鴎F30:203 %C 注記:全頁 %C 文化7(1810)年刊『名数画譜』から人名318名を抄出したノート。鴎外はこれを五十音順に並べ換え、一音ごとに頁を変えて抜書している。『古学徒名録』(鴎H20:492)などと同様の抄出方法である。『名数画譜』は大原東野編纂による、上方絵師の名を画と供に録した書。大正6年、該書を含めた日本人画談の翻刻集成が目白書院より刊行されている。あるいはこの時期の成立であろうか。(多) %C 翻刻: 坂崎坦編『日本画談大観』中編,目白書院,1917年 %T 霞亭小著鈔(カテイ ショウチョショウ) . [写本] %C 請求記号:鴎H20:496 %C 注記:全頁 %C 北条霞亭の著である『霞亭渉筆』、『嵯峨樵歌』、『薇山三観』、『帰省詩嚢』、および山口凹巷(韓聯玉)の著である『芳野游藁』を、鴎外が抜萃したノート。『北条霞亭』その二に、「わたくしは蘭軒伝を草するに当つて、夙く霞亭渉筆、嵯峨樵歌、薇山三観三書の刊本を浜野氏に借りて引用することを得た。薇山三観は後に帰省詩嚢と合刻せられたが、わたくしは後者の単行本を横山廉次郎さんに借りて読んだ」とある。これらの借覧の経緯は、大正5年(1916)10月24日付の浜野知三郎宛書翰、および同年11月3日付の横山廉次郎宛書翰に見えている。(出) %C 関連作品: 『北条霞亭』(全集18巻)