%T 漢洋病名對照録 %A 落合, 泰蔵 %I [落合泰藏] %C 1882 %C 請求記号: V11:k11 %C 責任表示は巻頭による %C 淺田宗伯, 永松東海, 今邨亮閲 %C 見返しに「自適堂落合蔵版」とあり(「自適堂落合藏版印章」の朱印あり) %C 版心下部に「自適堂落合藏板」とあり %C 和装 %T 重訂解體新書銅版全図 %A 中伊三郎, 図版 %A 大槻玄沢, 重訂 %A 杉田玄白, 等訳 %C 1843 %C 請求記号: HR:92 %C 資料解説: 「 重訂解體新書 」の図版。中伊三郎は江戸後期の銅板画家。 %T 内科病論 上篇 %A ベルツ原著 %A 伊勢錠五郎, 譯補 %A 樫村清徳, 校閲 %C 1882 %C 請求記号: ベルツ資料:J %C 資料解説: 著者のエルヴィン・フォン・ベルツ(独 1849-1913)は東京医学校(東京大学医学部)のお雇い外国人教師、在職期間は明治9年6月~35年7月。来日当初は生理学の講義を担当、前任者が帰国後に内科学、病理学などを担当し臨床の重要性を説いた。在職は26年間にも渡り、日本の学生への教育指導と患者の診療に力を尽くした。 %T 内科病論 下篇 %A ベルツ原著 %A 伊勢錠五郎, 譯補 %A 樫村清徳, 校閲 %C 1882 %C 請求記号: ベルツ資料:J %C 資料解説: 著者のエルヴィン・フォン・ベルツ(独 1849-1913)は東京医学校(東京大学医学部)のお雇い外国人教師、在職期間は明治9年6月~35年7月。来日当初は生理学の講義を担当、前任者が帰国後に内科学、病理学などを担当し臨床の重要性を説いた。在職は26年間にも渡り、日本の学生への教育指導と患者の診療に力を尽くした。 %T 内科病論 中篇 %A ベルツ原著 %A 伊勢錠五郎, 譯補 %A 樫村清徳, 校閲 %C 1882 %C 請求記号: ベルツ資料:J %C 資料解説: 著者のエルヴィン・フォン・ベルツ(独 1849-1913)は東京医学校(東京大学医学部)のお雇い外国人教師、在職期間は明治9年6月~35年7月。来日当初は生理学の講義を担当、前任者が帰国後に内科学、病理学などを担当し臨床の重要性を説いた。在職は26年間にも渡り、日本の学生への教育指導と患者の診療に力を尽くした。 %T 孝子教 / 秋葉忠和大人述 ; 東條琴臺先生閲 %A 東條琴臺先生閲 %A 秋葉忠和大人述 %I 須原屋伊八 %C 江戸 %C 1843 %C 分類: 往来物 %C 備考: 見返しに「天保癸卯補刻」 %C 原本請求記号: P751 %T 日用重寶 童訓古状揃 %I 山城屋佐兵衛 %C 皇都 %C 1843 %C 分類: 往来物 %C 成立年: 寛政9 %C 備考: 書名は題箋による %C 原本請求記号: P785 %T 分類二十四孝圖 ; (乾)(坤) / 小田海僊畫 ; 長沙王 %A 小田海僊畫 %A 長沙王 %I 吉田屋治兵衛 %C 京都 %C 1843 %C 分類: 絵本 %C 成立年: 天保14. 備考: 書名は題箋による %C 原本請求記号: P775 %T 諸職往來 %I 和泉屋市兵衛 %C 江戸 %C 1843 %C 分類: 往来物 %C 原本請求記号: P897 %T 謹身往來 %I 永寿堂 %C 東都 %C 1843 %C 分類: 往来物 %C 原本請求記号: P881 %T 謹身往來 / 松陰[書] %A 松陰[書] %I 近江屋太吉 %C 浅草 %C 1843 %C 分類: 往来物 %C 原本請求記号: P880 %T 庭訓往來 / 黒田子謹編 %A 黒田子謹編 %I [出版者不明] %C [出版地不明] %C 1843 %C 分類: 往来物 %C 成立年: 天保14 %C 原本請求記号: P862