東京大学を知る

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ポータルに集まったデータの中から、東京大学の歴史を伝える資料をご紹介します。それぞれの資料から、東京大学史をお楽しみください。


東京大学の創設について:文書館「文部省往復」-「大学ニ四学部ヲ置ノ件」

Q1-1 東京大学はいつ、どのように始まりましたか?
(東大公式ホームページ > 文書館 > 東大史Q&A)
上記の「東大史Q&A」にあるように、東京大学は1877(明治14)年4月12日に東京開成学校および東京医学校を合併して創設されました。その際に開成学校には法学部・理学部・文学部の三学部、医学校には医学部が設けられています。
文書館が公開する「文部省往復」内の「大学ニ四学部ヲ置ノ件」に、それを伝える文書が残っています。

 

明治30年代の東京大学:総合図書館「写真帖『東京帝国大学』」

「写真帖『東京帝国大学』」は明治33年版と明治37年版の2種類があります。明治33年版はフランス・パリの万国博覧会、明治37年版は米国・セントルイスの万国博覧会に出品するために製作されたものです。どちらも明治30年代の東京帝国大学を撮影した大判横長の写真帖です。明治37年版は、明治33年版をもとに新築の校舎や新任教員の肖像写真を加えるなどの増補がなされています。

 

地図から見る戦前の東京大学:農学生命科学図書館デジタルアーカイブ
東京帝國大學農學部建物位置圖」「東京帝國大學本部構内及農學部建物鳥瞰圖
「建物位置圖」は1922(大正11)年の駒場キャンパスの構内図です。当時、農学部は本郷(弥生)ではなく駒場にあったため、このような建物位置圖が残っています。「建物鳥瞰圖」は農学部が本郷に移転した1935(昭和10)年から2年後にあたる1937(昭和12年)年の本郷キャンパスの構内図です。

 

赤門の由来を知る:総合図書館「松乃栄」

『松乃栄(まつのさかえ)』は、文政10(1827)年に徳川第11代将軍家斉の第21女・溶姫が加賀藩第13代藩主前田斉泰に輿入れしたときの様子を、三代歌川国貞が想像を交えて描いた錦絵です。東京大学のシンボルの一つである「赤門」は溶姫を迎えるため建立されたもので、『松乃栄』は赤門の由来を伝える貴重な絵画史料の一つと言えます。

〔参考〕赤門についてもっと知るには・・・
「140周年記念赤門展から学ぶ最新研究成果のあれこれ 溶姫の赤門、東大の赤門。」
『学内広報』No.1496(2017.5.25)
 

写真帖『東京帝國大學』明治33年(1900)年版

東京帝国大学
東京 : 小川冩眞製版所
写真帖『東京帝國大學』 | 総合図書館
『写真帖『東京帝國大學』』で見る

写真帖『東京帝國大學』明治37年(1904)年版

Tokyo : K. Ogawa
写真帖『東京帝國大學』 | 総合図書館
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大学ニ四学部ヲ置ノ件

(差)文部大輔田中不二麿 (受)東京大学
東京大学文書館デジタル・アーカイブ | 文書館
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松乃栄

三代目歌川国貞
松乃栄 | 総合図書館
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