資料の解説

精神医学教室旧蔵ガラス乾板

精神医学教室から医学図書館に移管されたガラス乾板105枚は、2017年3月に文書館に移管された「精神医学教室旧蔵資料」(文書館デジタルアーカイブ参照コードF0199)とともに当教室に長く保存されていたものである。2021年3月に岡田靖雄名誉教授からガラス乾板からの紙焼き写真105枚も寄贈された。
呉秀三著作にガラス乾板の画像を使用した図が含まれることから、呉秀三が撮影、あるいは撮影依頼した写真を著作に使用したと推測される。 
コレクションには呉秀三没後に撮影された写真も含まれるが、大部分が呉秀三のシーボルト研究に関係する画像である。

ガラス乾板のサイズは1枚のみ4×5インチで、ほかは小キャビネサイズである。撮影年は『シーボルト先生:其生涯及功業』(1926)と『華岡青洲先生及其外科』(1923)に掲載された写真と『精神医学教室120年史』p184掲載の「昭和19年第2次大戦中の精神医学教室」写真から1920年代~1940年代と推定される。 

ガラス乾板は文書箱2箱に間紙を入れ重ねられた状態で保管されていた。1箱目右側に現秩序no.1-27,1箱目左側にno.28-51B,2箱目右側にno.52-76,2箱目左側にno.77-104,1箱目にははがれたマスキングの黒いテープが5枚、2箱目には黒いテープ12枚とその破片数枚、ガラスの欠片があった。高湿度の場所で保管されていたか水濡れの被害があったかで、バインダー層に貼りついてしまった間紙を剥がしたことによると思われる画像の剥離が見られる。貼りついている紙は現在の間紙とは異なる紙だった。またカビなどによる変色も多くみられる。現秩序no.51A、51Bはバインダー面が癒着し剥がせない状態になっているため、下になっている51Bについては撮影ができなかった。7枚のガラス乾板に割れ、欠損がある。ほかにも微小な欠け、周辺からの剥離等の劣化が見られる。朱書き、黒いテープや紙片によるマスキングが見られる。 

紙焼き写真は「黎明マイクロ株式会社」の封筒に入っていた。小キャビネサイズ(120×162mm)で作成年代不明。表書きには106枚とあったが実際は105枚だった。裏面には1枚を除きナンバリングがあるが重複している番号があるため、「紙焼き記載no.」には関連がある写真をまとめアルファベットを付した。画像の状態は現在のガラス乾板の劣化と同程度とみられる。ガラス乾板で確認できない写真が3枚あった。一方で、紙焼き写真がないガラス乾板が4枚ある。 

「内容記述」には写真が掲載された著作と引用元となる資料について記載したが、不明なものや推定によるものは[ ]に入れて記載した。

 

参考文献