資料の解説

CPAS高木八尺デジタルアーカイブについて

かつて東京大学で教鞭をとった高木八尺(1889–1984)は、日本におけるアメリカ研究の草分けとして知られています。高木は1918年に東京帝国大学法学部でヘボン講座(正式名称は米国憲法・歴史及外交講座)を嘱託され、欧米に留学した後1924年に同講座を開講しました。主著『アメリカ政治史序説』(1931年)を始め、アメリカン・デモクラシーやピューリタニズム、革新主義などに注目した一連の業績は『高木八尺著作集』全五巻にまとめられていますが、東京大学アメリカ太平洋地域研究センターはそうした著書に加えて、高木関連の未刊行史資料の数々を「高木八尺文庫」として収蔵しています。このたび同文庫のなかから、諸論文の草稿や、留学時代のノート、戦前から戦後にかけての講演原稿などを中心にCPAS高木八尺デジタルアーカイブとしてデジタル公開いたしました。ここに、インターネットを用いて、高木八尺の巨大な研究群の背景にある、様々な思考の遍歴をたどることができるようになりました。

さて、高木がヘボン講座を開講した1924年頃から、日米関係の緊張は急速に高まりました。同年米国では排日移民法とも呼ばれる移民法改正がなされ、その後も軍縮問題や満州事変、さらには日中戦争の勃発によって日米は対立を深めていきます。ついに1941年には太平洋戦争に至り、戦後日本は6年半にわたって米国を中心とする連合国の占領下に置かれました。こうした激動の時代に、アメリカ研究者の高木は、日本をめぐる国際関係から米国内の政治問題まで、多岐にわたる草稿やメモを書き残しています。今回、公開したCPAS高木八尺デジタルアーカイブのなかにも、例えば、「米国新移民法ニ就テ」、「軍備制限」、「日支事変の事態収拾に関する私見」、「ローズヴェルトの再選を聞きて」「NRA違憲問題の史的連想」といったタイトルの興味深い資料が収録されています。

また、高木は単なる国際社会の観察者ではなく、自身も外交活動に関わった知識人でした。よく知られるのは太平洋問題調査会 (Institute of Pacific Relations, IPR) への関与です。高木はIPRの日本理事会常任理事として国際会議に参加し、太平洋における平和を模索しました。CPAS高木八尺デジタルアーカイブには、IPR国際会議のためのスピーチ原稿や会議でとられたメモなどが収録されており、ここから戦前の日本で展開されたパブリックディプロマシーを窺い知ることができます。加えて、終戦直後に高木が外務省とともに作成した「米国極東及太平洋政策ノ基本的性格ノ攻究」や「米国の対日政策に対応する我方対策の指針」など、日米関係の再構築を目指した重要な提言も本アーカイブで見ることができます。

さらに、CPAS高木八尺デジタルアーカイブには、当時の著名人に関わるものも多く含まれています。高木に影響を与えた新渡戸稲造や内村鑑三をはじめ、法学者の三谷隆正や、米国の歴史家チャールズ・ビアード(Charles A. Beard)に関する資料。他にも、学習院中等科で高木と同期で、東京裁判にかけられた木戸幸一や、公職追放を受けた前田多門、松本重治といった人々も登場します。

このように、本デジタルアーカイブは、20世紀の日本とアメリカを考察するうえでもきわめて貴重なコレクションといえるでしょう。このデジタル化事業の成果を、アメリカ研究や日米関係史に興味を持つ多くの人々に利用していただければ望外の喜びです。

森山貴仁(CPAS助教 在任期間:2020年4月~2021年8月)

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