東京日々新聞 七百十二号

種別
新聞
刊行年、書写年等
1874
内容記述

Level: アイテム

identifier: O-COL-SN-146

Type: 錦絵

Subject: 新聞錦絵

number of pages: 1

来歴-所有者(L6-001): 東京大学大学院情報学環図書室/附属社会情報研究資料センター

来歴-現物資料の来歴(L6-002): 1970年代後半小野秀雄邸より旧新聞研究所に移管。1980年代から2000年代にかけて情報学環本館7F展示室に保存されていたものを、2007年以降図書室/社会情報研究資料センター貴重資料保存スペースに移管。

言語(L6-077): ja

内容記述(L6-068): 台湾の石門で日本軍勝利(読み下し文_括弧なし:頃ハ明治七年。日本国の師台湾生審/の。暴悪を懲さんため。彼島に舶来ぬ。/然るに不教の夷等人理を知らず。不/意に手向ひなす故に。ついに五月皇国/の兵威を以て是を制せんと。牡丹人種/が巣穴を襲同国車城の東へ入る事/三里。山深く老樹森々(しんしん)と聳へ日を掩ひ。断岸突兀鑿にて穿に以たり。潤水/冷かにして巌の青苔千歳の色を顕し。枯/木路傍に横ハりて。万代人跡を埋む一人/ここを守護れば万夫進むに難き嶮岨を/頼み。大石を以て胸壁を造り往還を塞/ぎ。其中より小銃繁く打出しぬ。ここに/いたりて、我兵一策をめぐらし道なき山を/辛じて後へ廻り半腹より拳下りに/牡丹種が。屯所を目掛て発炮なすハ/高嶺颪に誘引れて霰迸る如なり/蕃人是に辟易し全く降伏謝罪し/て日本の 天威万国に。輝わたるハ同月/の。二十二日の暁天にて此石門の一戦なり/とぞ。 墨陀西岸 温克龍吟 )

作成(L6-027): 絵師:一恵斎芳幾,彫師:渡辺彫栄

出版者(L6-074): 人形町具足屋

成立年代-元号(L6-021): 明治

成立年代-年(L6-022): 7

成立年代-月(L6-023): 10

デジタルデータ関連-デジタル化の有無(L6-046): デジタル化済

元記事原文(CUSTOM_00023): 東京日々新聞第七百十二号岸田吟香「台湾信報」第十三号記者吟香台湾新聞探訪ノ事ニ任ジ品川ヲ発シ長崎ニ至リ該地ノ形情迄ハ既ニ報知セリ(中略)是ヨリ先牡丹(ホータン)人種ノ動静ヲ伺ワント本月十八日我ガ斥候ヲ発シ車城ヨリ東方ノ山間道程三里バカリ進ミ入リタルニ忽チ砲声起ツテ斥候二人ノ内一人ハ丸ニ中ツテ倒レ一人ハ手ヲ負ウ○二十一日十人許斥候ヲ出スニ山間叢草ノ裏ヨリ牡丹人ノ突出スルニ遇イ之ト戦ツテ敵一人ヲ殺シ尚オ襲撃スルニ険阻ヲ顛倒シテ遁レ去ル我ハ名分ヲ持スルヲ以テ小醜ヲ殺スヲ欲セズ故ニ逼ラズシテ返ス我ニ浅手ヲ負ウモノ三人アリ爰ニ於テ我軍議シテ曰ク是レ醜類野心アルノミ其志シ殺傷ヲ事トシ未ダ倫理ヲ悟ラズ百万説諭ヲ施スモ届ク可キ者ニ非ズ一タビ伐テ之ヲ懲ラシ而シテ後ニ之ヲ諭シ之ヲ救ウベシ議定ツテ彌々■ス二十二日早朝二小隊ヲ繰出シ車城ノ東カ山間押シテ進行スルコト三里程山奥ニ到シニ爰ニ険阻ニ拠テ石ヲ積ミ俄ニ胸壁ヲ築キ我軍ヲ待ツテ砲門ヨリ小銃ヲ打出スコト雨ノ如シ山路ハ嶮且ツ狭シ劇ニ進ンデ我ガ兵ヲ打タシムベカラズ爰ニ於テ忽一策アリ山ノ後ニ廻リ敵ノ砲塁ノ後ロ一層高キ処ヨリ逆落シニ小銃ノ筒先ヲ並ベテ散々ニ打掛クレバ牡丹人忽チ敗北シ或ハ深草ニ隠レ或ハ岩壁ヲ跳テ彌々深山ニ逃ゲ隠ルアリ初メ一奴子アリ我ガ陣営ニ来リテ物ヲ売ル自カラ媚ビヲ呈スル意姿ヲ看ル自ラ云ウ牡丹種ニ非ズト我コレヲ見ル亦タ牡丹種ニハ非ラザルヲ知テ而シテ尚オ可怪者ナリ今日捕虜中此者アリ之ヲ検問スレバ果シテ間者矣夫レ醜類ト雖モ間ヲ放ツテ敵ヲ伺ウノ道ヲ知ル戒ムベカラザル也仍テ先ヅ之ヲ斬リ続テ十三醜ヲ斬ル此日御方三人討死内一人ハタカサゴ艦ヨリ今暁上陸セシ猛者讃州高松ノ士某ナリトゾ可憐二十三日今日暑気甚シ我七月末ノ如シ凡八十度以上ナルベシト云

コレクション名

  • 小野秀雄コレクション

    東京大学新聞研究所初代所長で日本の新聞研究を牽引した小野秀雄(1863-1913)が収集したかわら版、錦絵、新聞錦絵のコレクション。地震や火事などの災害報道を中心に収集されている。
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